再び気を失い救急搬送される

img-pregnancy1 一人目の妊娠

自宅安静中の旦那の事

前回、切迫流産中は実家に帰らず、実家から歩いて5分ほどのマンションにいたと書きました。

旦那は夜勤があるので、その時は母に通いでご飯を作ってもらっていたのですが、旦那が家にいる時は全て旦那がしてくれました。

 

炊事・洗濯、何もかも全て旦那がやってくれました。

一人暮らし経験者で、家事全般一通りできる旦那と結婚してよかったと心から思ったのですが、のちのち旦那からあの時は大変だったと聞きました。

 

切迫流産でマンションで自宅安静になったとは旦那にメールしていたのですが、切迫流産がよく分からなかったらしく、悲壮な顔をして帰ってきました。

私が安静にしていたら大丈夫、と言ったら安心していたので、最悪の場合を考えていたのだと思います。

 

もうあんな経験はしたくないとの事です。

結局もう一度、2人目の時に切迫流産になります。

(このブログを書いている時点で、3人目の切迫流産で自宅安静中なのですが)

 

ただ、次女の切迫流産の時は母と同居していたので、すごく楽だったらしいです。

元々夜勤の時に、私に何かあったら心配だと言っていたので、ネット環境にこだわらず実家に帰ればよかったんですけどね。

でもやっぱりネット環境がないと暇なのです。

本当にわがままを通した3週間でした。

 

復帰当日の体調

復帰の日、この日はものすごく体調がよかったです。

自宅安静中はつわりやお腹の重さを感じていたのですが、それが一切気にならない!

 

通勤緩和で、出勤時間が遅めだったのもあるかもしれません。

長めに寝るだけで全然体調は違います。

 

さあ! 仕事するぞ!!

 

とやる気十分でした。

 

再び意識を失う

仕事が始まり数時間は絶好調でした。

自宅安静中に意識を失う事もなかったし、もう大丈夫。

 

と思っていたら、ある会議の途中で急に視界が消えたのです。

 

今回は今までと違い、「あ、頭が重い……かな」と考えた瞬間から、あっという間に意識を失いました。

それもやはり座ったままで、腹痛を感じたあと、視界がブラックアウトしました。

 

『きしかさん! きしかさん!!』

 

周りの声に反応したのは、意識を失ってから1分ほど経っていたそうです。

 

 

目を開けたのですが、見えない。

ああ、意識を失ったんだと思いました。

 

視界がなかなか回復しません。

いつもは倒れても、こんなに長い間視界が回復しないことはなかったのです。

 

自分の状態も把握できません。

 

床に倒れたのだろうか?

 

いや、座っている。

 

 

どうやら、隣の人にもたれかかるように意識を失ったようです。

しかもその隣の方、私が自宅安静中に新しく採用された方で、この日が初対面でした。

今ではすごく仲がいい方なのですが、びっくりしたでしょうね。

申し訳なかったです。

 

救急搬送される

視界はまだ回復しません。

耳は聞こえているので、救急車呼んだからと誰かに声をかけてもらいました。

 

救急車?

 

大げさなと思ったのですが、もはや自分の状況も把握できていないので今なら「何を言ってるねん私!」という感じです。

 

視界は筒を覗いた感じで、中心部分だけ見えるようになってきました。

ただ、見えている映像がカラーではないのです。

なんと白黒!!(すこし緑がかっていた気がします)

 

瞬きをしても、何をしても視界がカラーに戻りません。

さすがに焦りました。

これ、戻るんだろうか?

 

そして妊娠していることを気遣ってか、課長が車いすを持ってきてくださり、私を救急車へ乗せるため外へと向かってくれました。

 

何年も前なのでうろ覚えなのですが、途中で救急隊員の方にストレッチャーに乗せ換えてもらい、救急車に乗せてもらったと思います。

 

その時点でも視界はまだ白黒。

職場の女性の方が付き添いで一緒に救急車に乗ってくれました。

 

受け答えは何とか出来ていたので、今まで倒れたことはあるか? などを聞かれ、ちょうど3カ月前に倒れた時に、職場の目の前の総合病院を受診したと答えました。

 

隊員の方がその病院に連絡すると、受け入れOKとの事だったので、職場の裏口からわずか数分の病院へと運ばれました。

 

視界が回復

救急車に乗っている間に、視界の広さは戻っていましたが、まだ色味が古いカラーテレビのようでした。

 

処置室へ運ばれ、女医さんが診察。

 

今まで倒れた時のことや、この病院でどのような診察をしたかなどを聞かれました。

 

そうこうしている間に、横になっていて楽になったのかいつの間にか視界がカラーになっていました。

 

ほっとしました。

 

特に初見での異常はななく、妊娠していたのでエコーも見てもらいましたが、赤ちゃんにも異常はありませんでした。

 

1時間も経てば、すっかり元通り。

 

旦那が仕事中だったため、母がタクシーで向かってくれていたのですが、お迎えがないと帰れないのでひたすらベッドの上で寝ていました。

 

することもなく、隣の救急搬送された方の話などを聞いていると、いつまでもこのベッドを占領しているのが申し訳なく、とにかく早く帰りたかったです。

 

母に怒られなかった

すでに私は大丈夫と判断されたのか、ふと気づいた看護師さんがお迎えが来ているかを確認してくれました。

すると、母はすでに到着しており、会計を終えて帰ることができました。

 

意識を失った原因が分からないので、この病院の脳神経内科と、通っている産婦人科への紹介状をもらい、後日受診することになりました。

 

切迫流産後の出勤なので、「気を付けや」と母には言われていたので、怒られるかなと思ったのですが、あんまり怒られませんでした。

 

あー、心配してたんやな。

 

1年前に父を亡くしていたので、私がいつもと変わらない様子に安心したのだと思います。

ついでにお腹が空いたので、近くでお昼をおごってもらいました。

先に目の前の職場に行くべきですが、この頃食べづわりで空腹でフラフラしていたのです。

 

その後職場に戻り、付き添ってくれた方にお礼を言って、そのままその日と、脳神経内科へ行くため、翌出勤日もお休みをもらいました。

 

体調が悪くなるタイミング

ここで懲りずに、せっかく母がいるのだからと、帰りに西松屋へ寄りマタニティ服を買いました。

 

下着が苦しくなってきたし、普段着のお腹も苦しい。

 

と、ここで電車に乗っていて気づきました。

 

歩いていると大丈夫なのですが、立ち止まっているとしんどいことに!!

 

そういえば、前に買い物行った時に、じっと立ち止まっていると体調が悪くなりました。

 

 

どういう時に、自分が体調が悪くなるか分かったので、なるべくじっと立っていることは避けるようしました。

 

幸い、この日以降意識を失う事もなく、出産までは安定して過ごすことができました。



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