妹に対する姉の気持ちと行動

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長女は次女に夢中

長女のごはんは、次女のパンが産まれる前から「ごはん、お姉ちゃんになるー」とよく言っていました。

私が出産した病院は、中学生以下は赤ちゃんと直接面会できないので、退院した日が初めての対面でした。

 

退院した日、ごはんは玄関を開けるなり「パンは!?」と一目散駆け寄ってきました。

その日から添い寝したり、抱っこしたいとせがんだり、ビックリするほど違和感なくパンを受け入れてくれました。

 

時々勝手にパンを抱き上げる時もあり、目を離せないのですが。

 

パンを見ては

 

ごはん(長女)
ごはん(長女)

パン、かわいい。

と言っています。

 

パンが泣いていたら慰めたり、おもちゃを持ってきてあげたり。

危ないことをしようとしたら注意してくれたり。

 

もちろん、自分の大事なおもちゃを取られそうになったり、嫉妬したりした時はパンにきつく当たることもあります。

でもパンと遊んであげている方がよっぽど多いのです。

 

おじいちゃんとおばあちゃんに逃げる

 

以前、「私は姉である長女を理解できるはずだった」というブログを書いています。

私は姉である長女を理解できるはずだった
私も姉だから、ごはんに対してもっと理解してあげられると思っていた。でも無理だった。

 

これはついごはんを叱ってしまうという話がメインでしたが、前半部分で私も姉だからごはんの気持ちがわかるはずと書いています。

 

実は今は半分くらいごはんの気持ちがわかりません。

 

パンに対する嫉妬の部分は理解できるのです。

でも、パンに対する面倒見の良さの部分が理解できないのです。

 

なぜなら、私は妹を特別かわいいと思ったことがないから。

 

私と妹、ごはんとパンは同じ学年だけ年が離れています。

 

私は妹をかわいいと言ったことがあっただろうか?

記憶にない頃は断言できませんが、記憶にある分には「ない」と断言できます。

 

ごはんのように、妹に離乳食を食べさせたり、お風呂に入る時に服やおむつを脱がしてあげたり、泣いていたら慰める事なんてしたことありません。

 

今なら理解できますが、小さい頃はどうしても母は妹の方に構うことが多かったです。

父は夜勤をしていたので休みの日くらいしか会う事もなく、私はテレビっ子でした。

 

そんな状況で私はどうしたかというと、逃げました。

妹を構っている母を見たくないので、母方の祖父母の家に入り浸ったのです。

 

祖父母の家は車で15分程。

私は初孫だったので、とてもかわいがってくれました。

妹がいたら、私にばかり構ってくれないので、私だけ何週間も祖父母の家で暮らしました。

その祖父母の家が今住んでいる家なのですが、おかげでおじいちゃん子だと思われていますし、いまだに祖父母の苗字で呼ばれたりします。

何十年も経っているのに、面影があるそうです。

 

私だけをかわいがってくれる家で、私は長い時間過ごすことができました。

母が今でも祖父母は私を目の中に入れても痛くないくらい、かわいがっていたと言います。

はっきりいって、私は両親より祖父母の方が好きでした。

「おじいちゃん」「おばあちゃん」は、妹が一緒にいなければ私だけを見てくれる人。

 

私の小さい頃はこんな感じだったのです。

 

まさか母親がこんな感じなのに、ごはんが自分の妹をかわいいかわいいと世話を焼きたがるとは思いませんでした。

不思議で不思議で、どうして私はこんなに自分の妹をかわいがれなかったのか。

大人になったのでそれなりの付き合いはしますが、今でもそれほど仲は良くありません。いがみ合うほど悪くもありませんが。

 

 

母親の私から見ると、もちろんパンはかわいいです。ごはんだってかわいい。

ごはんはどうなんでしょう?保育所で小さい子と触れ合っているからでしょうか?

 

私は幼稚園を1年しか通わなかったので、小さい子とはあまり触れあったことがないと思います。

でも小さい子は好きでした。

妹だから、好きではなかったのかもしれません。

 

ちなみに、小さい頃は母も特別好きではありませんでした。

中学くらいまであまり話をしたこともなかったかな?

今は同居しているくらいですし、仲はいいです。

 

母は私が祖父母が好きだから、2~3歳でも一人で泊りに行ったと思っています。

でも違うんです。

もちろん祖父母は大好きです、でもそれと同じくらい、当時の家にいるのが嫌だったのです。

 

 

この祖父母への逃げは3歳くらいで終わってしまいます。

私が3歳くらいの頃に、祖母が子宮がんになり、泊りに行けなくなったのです。

いつもは祖母の横で寝ていたのですが、ある時からお腹を蹴ったらだめだからと祖父と一緒に寝るようになり、いつの間にか自分の家へと戻ってきていました。

 

そこから幼稚園に行くまで、先ほど書いた通りテレビっ子になっていました。他にすることもなかったですしね。

 

 

あ、父方の祖父母のところへも一人で1カ月くらい泊ったことがあります。

こちらは車で3~4時間かかります。

父の長期の休みの時に遊びに行き、そのまま私がしばらく泊ると言い張りました。

これは記憶にあるので3歳くらいの頃かな?

 

さすがに遠いので、両親が高速の途中で祖父母に電話したそうです。今なら引き返して迎えに行けるけど?と聞いても、私は帰らないと言い張ったそうです。

 

そのまま本当に1カ月泊りました。

とても楽しかったのを覚えています。

 

そして、農家なのでビニールハウスで農作業をしていた祖父母についていったら、熱を出して祖母に看病してもらったのも覚えています。

水でタオルを冷やしておでこに乗せてもらったのですが、母は薬を飲ませて終わりだったので、すごく新鮮でした。

 

これは最近聞いたのですが、祖父母が近所の方から”あんなに小さい子が一人で泊まるなんて今時ない。大切にせなあかんよ”と言われたらしいです。

 

父方の祖父母にとっても、私は初孫だったので、そもそもかわいがってくれていました。

この時は普段あまり会えないので、ずっと一緒だった気がします。

 

この時看病してくれた祖母はもう95、96歳くらいかな。確か大正14年か15年の生まれと聞いています。

年末に肺炎になったそうなので、心配です。

 

私は妹がいない環境へと逃げることができましたが、ごはんはそれができません。

だから、妹と仲がいい今の状況は何の問題もないのですが、いつか私のように妹から逃げたい時が来るのではないかと余計な心配をしています。

 

他の姉妹の方はどうなんでしょう??



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